【環境音楽家・大学教授】 高3で「学びたいこと」がない人へ

小松正史(こまつ・まさふみ)さん
京都精華大学教授/環境音楽家・音育家・音環境デザイナー
(2024年9月 「漢方音楽2」発売記念コンサートにて撮影)
小松さんってこんな人!
  • 京都精華大学 メディア表現学部(音楽表現専攻)教授、 京都芸術大学 文明哲学研究所客員教授。音楽だけではない「音」に注目し、それを教育・学問・デザインに活かす。
  • 京都タワー、京都国際マンガミュージアム、京都丹後鉄道をはじめ、多くの公共空間の音環境デザインを行っている。
  • CDは2002年発表の「The Scene」から20作以上。最新作は「漢方音楽2」。著書も「京の音」(淡交社)「毎日耳トレ!」(ヤマハミュージックメディア)など多数。

【環境音楽家】音大に行かずに音楽を仕事にするまで から続く

採用されたのは音楽の教員としてではなかった

–修士課程の後は、どうされたのでしょうか?

いよいよ生計を立てるために仕事を探さなければいけません。当時、まだ音楽は作っていなかったので「自分にやれるとしたら、どこかの大学の教員やろな」という消極的な選択ではありました。ただ、大学教員は簡単になれるものではないとも思っていました。

40歳になるまでの10年間で大学が見つからなかったらあきらめようと思っていたのですが、いくつかの公募を受ける中で運良く京都精華大学に専任講師として採用されました。

応募の際は自分のやりたいことに関係なく、できる学問を30個ぐらい挙げたんです。だから最初は音楽ではなく、フィールドワークの手法を伝える演習の教員として人文学部(現・国際文化学部)での採用でした。

それが2001年のことで、その後、学部の改組などに伴い、現在も行っているサウンドスケープ論の授業が正式に講義として採用されました。

学生の反響がきっかけとなり、音楽との関わりが変化

–その後、音楽活動もするようになったのには、どんなきっかけがあったのでしょうか?

京都市立芸術大学の大学院時代、クラシックを専門にしていた友達と演奏したことはありましたが、その後は自宅で電子ピアノを弾くぐらいで、人前ではほとんど演奏していませんでした。だから、自己表現としての音楽と、主に大学院で学んだり研究したりしてきた音響心理学やサウンドスケープ論などの学術的な音楽は、ずっとセパレートされた状態でした。

ところが、2001年に京都精華大で教え始めてからいくつかのきっかけがあり、自己表現と学術的な音楽がクロスしていったんです。

1つは2001年の出来事です。精華大は教員と学生の距離が近く、ある日、授業の後に学生と喋っていたら、学生に「小松さん、何か弾けるの?」と聞かれたんですね。そこで、教室にあったグランドピアノを即興で演奏したら、学生たちが感情豊かに「すごい!」と喜んでくれたんです。

自分がこれだけ演奏できるんだ、自分の演奏を喜んでもらえるんだと学生たちに気づかせてもらったことで、ピアノによる作曲をするようになりました。そして、2002年に初めて演奏を録音してみたんです。そうしたら自分でもすごくいいなと。そこで初めてのアルバム「The  Scene」を作りました。

「本音を綴った著書」がきっかけで活躍の場が広がる

–そこから環境音楽家としての活動にどうつながっていくのですか?

そんなふうに作曲したり、CDをいくつか制作したりする中で、2006年に「京の音」という本を出しました。僕は京都タワーが好きで、多い時は月に1回ぐらい上っているのですが、せっかく遠くの山々や街並みを見られる場所なのに「流れている音楽、聴こえてくる音は最悪や」と思っていたんです。

だから、本に「京都タワーはせっかく風景がよいのに音環境がよくない。音のデザインをしてみたらどうだろう」という話を書いて、京都タワーの方にも渡したんです。

軽い気持ちで書いたものでしたが、翌年、京都タワーから「リニューアルするので、音環境デザインやってほしい」と依頼をいただいたんです。びっくりしました。僕は床の材質のせいでカツカツと響く靴音やアーケードゲーム機の音については指摘したけれど、どんな曲を流せばいいとは書いていたわけではありません。

それなら自分の曲を流したらどんなふうに変わるのか、知りたくなった。そこで、京都のための曲を作り、「キョウトアンビエンス」というCDにして「こんな曲がありますよ」と。それが展望室で流れるようになりました。

しかも来場者に統計をとったところ、音楽を使う前と使った後で景色の見え方が変わったというエビデンスも得られたんです。

子どもの頃から音を聴きながら景色を見るということを意識してはいましたが、だからといって「環境音楽をやるぞ」という気持ちはありませんでした。でも、京都タワーがきっかけで、公的に使えるように音楽を制作する「音環境デザイン」の依頼が増えていき、今では京都国際マンガミュージアム、京都丹後鉄道、耳原総合病院、ポーラ美術館など国内200カ所以上の公共空間で僕の曲が流れています。そうやって環境音楽が仕事の中心になっていったんです。

自分の好き、夢を信じていけば「上場」できる

–子どもの頃から音や音環境が好きだったのに、それを職業にしようと積極的に活動してきたわけではない、というのは意外でした。

自分から強く「やりたいです」と言ったことはなく、流れのままにやってきました。誤解を恐れずに話すと、理由は分かりませんが、子どもの頃から根本に虚無感や儚さを抱えていて「自分なんて生きていていいんだろうか…」というような気持ちが漠然とあります。そこが基準になっているので、人にもほとんど期待していないようなところがあって。

そんな生き方をしてきたにもかかわらず、意に反して次から次へと依頼をいただき、ある意味、憑依体質というんでしょうか。みなさんがきっかけを与えてくださっていて、ありがたいことです。

こんなふうに自分がその時、好きなものとか、ご縁で依頼されたことなどに逆らわずにやってきたら、たまたま今の活動に繋がっていました。逆に曲を作らなきゃとか、こういう研究をしなきゃ、というふうにやっていたら、長く続かなかった気もします。これをやったら成功するだろうという発想ではなくて、自分の気持ちに正直にやってきた結果の連続性で今があるのかなというふうに感じています。

特に最近は「よくこんなに短期間に」と驚くくらい講演やアドバイザーとしての依頼が増えています。自分と近い研究をしている人は増えていますが、研究も演奏も数をこなして、本も書いて…ということをシームレスにやっている人がいないからだと思います。

これを株の世界に例えると、業績の見通しがついた株の銘柄にはみんなが群がる現象があります。僕はその真逆で上場すらしない確率のほうが高かったのが、予想外に上場してしまったという感じでしょうか(笑)。言い尽くされた言葉かもしれませんが、結局は自分の好きとか夢を信じるということだと思います。それがあれば上場できるということです。

ただ、今、若い人を見ていると、多くの人が夢の概念すらないというか、人が考えた、すでにある夢を自分の夢と錯誤して乗っかっているように見えます。「〜しなければいけない」「〜でなければダメだ」と自分縛りをしている人も多い。

大学は好奇心やモチベーションを持つ人が行く場所であってほしい

–ただ、最近は好きなことが分からない、やりたいことがないという学生さんも増えていると聞きます。

長年、大学で教えていますが、例えば大学に進学することも「行かなきゃならない」という自分縛りで決めている人が増えたように感じます。親の影響かもしれませんし、そうやって決めていること自体に気づいていない人も多い。その結果、多くの大学で学生とのミスマッチが増えています。

あくまでも個人的な考えですが、やはり大学というのは純粋に学びたいとか、学ぶことが面白いというように、好奇心やモチベーションを持つ人が行く場所であると信じたいです。

もちろん、何を学びたいかを高校時代に考えるのは難しい話でしょう。でも、専門分野まで決められなくても、例えば1、2年生の教養系科目への興味でもいいと思うんです。

僕自身そっちのタイプで、受験の時は地球環境とは言っていましたが、実際にはあまりやりたいことが分からなかった。でも、大学で景色、景観の研究をしている先生と出会って、面白いなと思って やっていったら、今度はサウンドスケープという、聴覚的な景観の方に進んでいった。大学に入ってから本当にやりたいことが分かったタイプなんです。専門は後で決めたり、途中で変わったりしてもいいと思うんですね。

他人から急かされて安直に進路を選んでいないか?

高校生が得ている情報量があまりにも少ないことも影響していると思います。だから親や予備校の先生の情報や価値観に頼ってしまうわけですが、もっと自分で情報を取っていってほしい。

今はネットもあるわけだから、例えば漫画が好きだったら「大学、漫画、技法、描写」とかいろいろな検索ワードを入れてみたら、京都精華大や東京工芸大が出ます。そういうふうに自ら探す情報も加えることで、より自分にマッチした大学選びができるのではないでしょうか。

もう1つ、今の大学生について感じるのは、時間がないということです。いろいろな意味で忙しいとは思うのですが、自分と向き合う時間や、ものごとを見つめ直す時間が少なすぎる。だから、自分軸が揺らいでしまうのではないでしょうか。

一見、自分から行動しているようでいて、実は何らかの刺激に反応しているだけ、という人も多いように思います。その結果、他人から急かされて安直に選んだ道が合っていなかった、というパターンになってしまうのはとても残念なことです。

私自身の経験から、自分から発信しなくても、自分なりに活動していると、自然によきご縁がつながっていくと感じています。そもそも若い頃からあれをしたいという気持ちがあまりなくて、業績などにもこだわりがなく、あれをやっておけばよかったという後悔もないんです。今、ここに集中する、マインドフルネスの状態でずっと続けてきたように思います。

今の世の中、消費で楽しめることはたくさんありますが、僕は当たり前に身近に存在していること、一期一会のものを掛け値なしに楽しみたい。そこから生まれる活動は、音作りであったり、研究であったり、音楽であったりするのかもしれませんが、実はそこも全くこだわってないです。

今後、出会いによっては全然違うことをやる可能性もあります。ただ、人前でやるかどうかは別にして、これからも自分で音を感じたり、弾いたりするということ、例えば自分のためだけに演奏することはいつになってもやっている気がします。

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※文中の所属・肩書等はすべて掲載当時のものです。
※記事に書かれている内容はあくまでも小松正史さん個人の考えであり、所属する組織の見解ではありません。

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